第85話 糖尿病治療薬の薬食同源

 前世紀の半ばから使われている糖尿病治療薬メトホルミンは今でも人気の薬です。しかもごく最近になって、新型コロナ感染の後遺症を予防する確かな効き目が証明されたり、動物実験の寿命を延ばす効果がヒトへの応用を期待されるなど、益々人気が高まっています(文献1)。メトホルミンはどうしてこんなに魅力的な効き目を示すのでしょうか?

 メトホルミンの効き目のメカニズムは、細胞の中のタンパク質AMPKと関係しています。AMPKはエネルギー代謝の中心的なタンパク質で、身体がエネルギーを必要とするときに、その要求に応える役目を果たします。糖尿病になってメトホルミンを飲むと、不具合だったエネルギー代謝が改善して、インスリンの働きや血糖値のコントロールも正常に戻ってくるのです。

 メトホルミンの化学構造はビグアナイド系と言って、小さな分子の中に5つの窒素原子があるという珍しい構造をしています。こんな構造の化合物は日常の食べ物には入っていません。それでも筆者がメトホルミンを薬食同源の題材に選ぶわけは、効き目のメカニズムにAMPKが関与しているからなのです。どういうことかと言いますと、その答えは野菜と果実に多く含まれているポリフェノールにあります(文献2)。なかでも最も有名なのはコーヒーに含まれているクロロゲン酸と赤ワインのレスベラトロールでしょう。コーヒーや赤ワインを飲むとAMPKが活性化して、身体は元気になり、長生きができるということなのです。この長生きということは、つまり心臓病や腎臓病などの加齢病に罹るリスクが下がることです。メトホルミンとポリフェノールは、AMPKというキーワードで繋がる薬食同源の関係にあるのです。

 では、比較的新しい糖尿病の薬GLP-1受容体作動薬(セマグルチド)を見てみましょう。この薬も薬食同源が成立している薬ですから、その意味を知っていれば薬の元になった食べ物を摂ることで糖尿病を防ぐことが可能になります。答えは「苦い食べ物」で、夏場に美味しいゴーヤとか、手軽に飲めるちょっと苦めのコーヒーなどです。苦いものを食べたり飲んだりすると、小腸の壁にあるL細胞が刺激を受けて、その細胞が作るGLP-1が血管の中に放出されてくるのです(文献3)。昔から「良薬は口に苦し」と言われてきた言い伝えを、現代科学が解き明かした本当に役に立つ話なのです。

 それでは最後にSGLT2阻害薬のお話です。この薬は腎臓に働いてグルコースの再吸収を邪魔することで血糖値を下げてくれます。グリフロジンを飲んでいる人も多いと思いますが、稀に効かない人がいて、その原因が調べられました。すると効かない人の腎臓で、抗酸化性のタンパク質Nrf2が過剰に出来ていることが解りました。Nrf2は活性酸素の弊害を除くために極めて重要なタンパク質で、ポリフェノールで活性化されます。しかしその活性化が過剰に起こってしまうとSGLT2が誘導されて、阻害薬の効き目が悪くなってしまうのです。ここから先はマウスの実験ですが、コーヒーに多く含まれているトリゴネリンがNrf2を抑制して、それが基になってSGLT2も減って、やがて高血糖が改善するということなのです(文献4)。研究室で行う薬理学の実験で、トリゴネリンは無くてはならないNrf2の阻害薬ですから、糖尿病の場合にも確かな効き目を示してくれるのです。

 さあ如何でしたか?複雑で難解な薬の話でしたが、食べ過ぎで起こる糖尿病の治療薬が、これもまた食べ物に含まれているという不思議な現象をご理解いただけましたか?身体に良いと言われるポリフェノールでも、摂り過ぎは思わぬ病気の呼び水になるということを知ってもらえれば、この上ない喜びです。

文献1. Sara E Espinoza, et al. Rationale and Study Design of a Randomized Clinical Trial of Metformin to Prevent Frailty in Older Adults With Prediabetes. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 75:102-109, 2020.

文献2. Wei Xu, et al. Targeting AMPK signaling by polyphenols: a novel strategy for tackling aging. Food Funct. 14:56-73, 2023.

文献3. Wen-Ling Chou, Therapeutic potential of targeting intestinal bitter taste receptors in diabetes associated with dyslipidemia. Pharmacol Res. 170:105693, 2021.

文献4.Shuiling Zhao, et al. Overexpression of Nrf2 in Renal Proximal Tubular Cells Stimulates Sodium-Glucose Cotransporter 2 Expression and Exacerbates Dysglycemia and Kidney Injury in Diabetic Mice. Diabetes 70:1388-1403, 2021..

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