第91話 梅肉エキスのムメフラール

 何年も前のこと、故・樹々希林さんがTVでご自身の経験を話しておられました。「はじめは友達に勧められた梅肉エキスを、毎日舐めていたら、癖になって止められなくなった」と。そして「何とはなしに身体に良いような気がする」とも言っておられました。

 昔から「梅は身体に良い」との言い伝えもあって、筆者が現役時代には、母校(東京薬科大)でも梅の効能を研究していた先生がいました。その先生の話では、「梅の酸っぱさはクエン酸ですから、アスリートの栄養補給には良さそうですね・・・」とか、「抗酸化性が強い」とも言っていました。その先生のその後の研究が薬につながったかどうかは定かでありませんが、猛暑の季節の熱中症予防には良さそうです。

 これとは別の話ですが、筆者がコーヒーを研究し始めて間もない頃のことでした。焙煎時間と化学成分の関係を測定していたときのこと、中煎り豆にフラン化合物が見つかりました。同じ化合物が、ネスカフェゴールドブレンドからも見つかりました。文献によれば、フランはカラメルの香の成分でもありますし、なんと南高梅を煮詰めて作る梅肉エキスに一番多く含まれているとのことでした。梅雨の季節は、梅の実が熟す頃で、梅酒や梅干しの仕込みの季節です。そこでフラン化合物が「薬食同源の素」になるのかならないのか、文献を詳しく調べてみました。

 ショ糖に熱をかけてカラメルを作るときの化学反応が参考になりました。コーヒーや梅肉エキスでもメカニズムは同じことで、約120℃に加熱するとカラメル反応がはじまるのです。いくつかのフラン化合物ができるのですが、一番多くできるのはヒドロキシメチルフルフラールと呼ばれる香りの化合物なのです。

 梅肉エキスに入っているこの化合物を、化学構造だけでなく、ヒトの健康と関連づけて調べたのは、和歌山県の中野BC株式会社です。ある学会で偶然知り合った研究所長さんと、今でも情報交換をしています。中野BCが解き明かした化学構造はヒドロキシメチルフルフラールが更にクエン酸と結びついた新しい化合物で、所長さんがつけた名前は「梅のフラン」という意味の「ムメフラール」でした。

 ムメフラールは、同じ梅でも梅酒や梅干しには入っていません。梅肉エキス独特の成分なのです。何故かと言いますと、梅肉エキスは梅の果汁を釜茹でして作るのですが、そのとき煮詰まった果汁の中心部は150℃の高温に晒されているとのことです。するとそこで、カラメル反応が進行して、次いでクエン酸が結びついてムメフラールになるのです。

 ヒドロキシメチルフルフラールとムメフラールは、どちらも梅肉エキスを食べた人の血液をサラサラにして、血栓を予防することも確かめられました(文献1)。所長さんはこの発明のお蔭で、和歌山県のふるさと起こしに貢献したとの功績で、発明賞を受賞されました。今では全国各地の梅肉エキスに似たような効能があるとされています。

 ここで世界に目を広げると、中煎りコーヒーに含まれるヒドロキシメチルフルフラールは、黒人特有の遺伝病である鎌形赤血球病貧血の特効薬になりました(文献2)。そしてアメリカとナイジェリアで医薬品となって貢献しています。日本の梅肉エキスのムメフラールの方は、医薬品にこそなっていませんが、薬食同源の健康食品として、血液と血管の健康に寄与するサプリメントになったと言えそうです。

 樹々希林さんが感じていたという「何となく身体に良い感じ」とは、実はこの血液と血管に及ぼす効き目だったのかも知れません。

文献1:Chuda Y, et al. Mumefural, citric acid derivative improving blood fluidity from fruit-juice concentrate of Japanese apricot (Prunus mume Sieb. Et Zucc). J Agric Food Chem. 47:828-831 (1999).
文献2:Pagare PP, et al. The antisickling agent, 5-hydroxymethyl-2-furfural: Other potential pharmacological applications. Med Res Rev. 1-23 (2024).

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