2024.11.01
第93話 タマネギで老化予防
ご存知ですか?今ある薬の70%くらいは、天然の化合物かまたはそれをモデルに作られたものです。最近は「抗モノクローナル抗体」と言って、免疫メカニズムを利用する創薬が増えていますが、基本はやはり食べ物にあります。こういう現実があるので薬食同源が成り立っているのです。
身体に良い食べ物が分かっていても、それをモデルにした薬がつくられない例もあります。理由は色々ですが、一番多いのは「身体に良い食べ物でも、効き目の成分が不明」という場合です。それでも人気のある食べ物が沢山あります。今日はそういうものの中からタマネギを選んで紹介しましょう。
調理でタマネギを切っていると涙が止まらなくなりませんか?でもフライパンで加熱すると、刺激は直ぐに無くなります。目を刺激したのは硫化アリルという小さな分子で、空気に触れると硫化水素を発生して、それが目を刺激するのです。それでも硫化アリルの優れた効き目も分かっています。例えば、玉ネギにビタミンB1(VB1)はほとんど含まれていませんが、VB1を含む食品と一緒に食べると吸収が良くなるのです。つまり硫化アリルはVB1の助っ人であって、薬の候補とはならないのです。
タマネギには硫化アリルの他にも色々な成分が入っています。中でもよく研究されているのは植物界に広く分布しているフラボン類です。緑茶のカテキンは誰もが知っている代表です。タマネギにカテキンは入っていませんが、代りにケルセチンが多く含まれていて、よく食べている人では血管の若返りが進んで、老化が遅れるとも言われています。しかし、その根拠には科学的な証明が不足しているためか、サプリメントにはなっても薬にはなっていません。
そんな中2013年に、米国メイヨ―クリニックが発表した気になる論文(文献1)があります。研究の目的は、細胞の中で長寿物質を増やす成分を見つけることでした。結果はなんとタマネギに含まれているフラボンでした。ケルセチンとアピゲニン、論文の著者はこの2つのフラボンに、「CD38を阻害する小さな分子」と名づけました。CD38とは、ミトコンドリアがエネルギーを作るときの補酵素NADを破壊してしまう極悪酵素のことです。NADは老化予防にとって無くてはならない補酵素なので、これが減ってしまうと筋肉に力が入らないフレイルのような症状にもなるのです。
ではどういう人で、CD38が増えてしまうのでしょうか?皮肉なことに、がんや心臓病に罹っている人、新型コロナで話題になった高齢者の感染症の場合です。CD38が増えていることで、このような患者の死亡リスクが高まります。ですからCD38を阻害するケルセチンやアピゲニンは、補酵素NADの分解を抑えて、細胞にエネルギーを補給する役目を果たして、死亡リスクを減らすと言うのです。これはマウスで確かめられたメカニズムで、ヒト試験はまだ実施されていません。
残念なことに、メイヨ―クリニックの発表があってからの10年間、CD38を阻害する創薬研究は、「抗CD38モノクローナル抗体」の開発に集中していました。そして日本では2021年に骨髄がん治療薬として承認されたダラツムマブが市販されました。最近の傾向として薬価は非常に高価です。一方、どこの家にでもある日常野菜のタマネギに、新薬と同じメカニズムが宿っているとは、実に驚くべきことなのですが、ようやく今年になって中国の論文(文献2)が発表されました。
この論文によりますと、ケルセチンとアピゲニンは共にCD38を阻害して、試験管内での効き目はほぼ同じなのですが、よく知られているポリフェノールとしての抗酸化作用、降圧作用や糖尿病予防作用など、総合的に判断するとアピゲニンの方が優れているとのことです。この論文もマウス実験の範囲ですが、NADとそれを分解するCD38の作用メカニズムは、酵母からヒトまで共通の遺伝子ですから、ヒトでも似た効き目が出ると考えられるのです。
まとめると、抗モノクローナル抗体薬のような最先端科学が生んだ医薬品は、病気にならなければ使えません。そうなると手遅れになるかも知れません。それに比べて、好きな人なら毎日でも食べられるし、昔からの経験で身体に良いと言われて来た食べ物なら、今は嫌いな人でも好きになれば得をするというわけです。
文献1: Escande C, Nin V, Price NL, et al. Flavonoid apigenin is an inhibitor of the NADase CD38: implications for cellular NAD metabolism, protein acetylation, and treatment of metabolic syndrome. Diabetes 62:1084-93, 2013.
文献2: Mou A, Sun F, Tong D, et al. Dietary apigenin ameliorates obesity-related hypertension through TRPV4-dependent vasorelaxation and TRPV4-independent adiponectin secretion. BBA Mol Basis Dis. 1870:167488, 2024.