第94話 ハーブ・フェヌグリークはNADを増やす!

 明けましておめでとうございます。今年も良い年になりますように祈ります。

 さて、ハーブは「健康的な生活習慣の役に立つ植物」として古くから使われてきました。緑茶や紅茶あるいはコーヒーのようにカフェインを多く含む飲料を好まない人たちが進んでハーブを使っています。ハーブには薬用の意味もありましたが、どちらかと言えば嗜好品として飲まれてきました。しかし最近になって、メディカル・ハーブと呼んで、生活習慣病の予防や免疫力の強化などの目的で飲んでいる人も増えているようです。漢方薬にも通じる幅広い未病対策と言えるかも知れません。

 そんな中で筆者が注目しているのは、日本ではあまり知られていない香辛料「フェヌグリーク(学名: Trigonella foenum-graecum)」です。原産地は地中海沿岸で、ヨーロッパでは専ら種子をハーブ・ティーにして飲んでいるそうです。一方、インドやネパールでは日常の野菜として親しまれています。ごく最近になって、在日インド人が多く住んでいる東京江戸川区で、フェヌグリークの栽培が始まったようです。江戸川区が地域起こし活動を支援していることもあって、一部の農家と熱心な支援者たちが「えどがわメティ普及会(https://www.edogawa-methi.org/)」を結成して活動しています。フェヌグリークをインド風に「メティ」と呼び、活動の目標をメティを小松菜に替わる日常の野菜として普及させることとしたそうです。メティ普及会の活動は始まったばかりのようですが、人気は上々、収穫して店頭に並べると直ぐに完売になるとのことです。顧客は主にインド人ですが、日本人にも興味を持つ人が増えているそうです。もし近い将来の話として、フェヌグリークの種子や全草メティが近くのスーパーで買えるようになれば、その独特の栄養素である「トリゴネリン」が、高齢者の健康に寄与するだろうと筆者は大いに期待しています。

 では、トリゴネリンとはどんな成分なのでしょうか?効き目を期待できる量を含んでいるのはコーヒーの生豆だけと思っていたのですが、カフェインを含まないフェヌグリークの葉にも種子にも入っているとなると、コーヒーが苦手な人でも、コーヒーの幅広い病気予防効果を期待できるかも知れません。そしてこれが実現すれば、公衆衛生上の大きな進歩、滅多に見られない成果に繋がると思えるのです。正に新たな薬食同源の素材が見つかったと言えそうです。

 フェヌグリークがコーヒーと似た病気予防効果を示すことは、2型糖尿病(文献1)とアルツハイマー病(文献2)を発症するリスクが下がるとのデータに表れています。コーヒーの場合、カフェインを含まないデカフェコーヒーでもほぼ同じデータですから、同じくカフェインを含まないフェヌグリークが2型糖尿病を予防するからには、両者に共通の成分があるはずです。そこで栄養成分を比べてみると、トリゴネリンが浮かび上がってくるのです。次に、トリゴネリンそのものの作用についても調べてみると、案の定、インスリンの効き目を良くしたり、脳神経の酸化障害を防いだりしていることが書いてありました(文献3)。

 では、トリゴネリンがどのようにして病気を予防するのか、生理学の原理を説明しましょう。出来るだけ簡潔に説明すると、トリゴネリンは腸から吸収されて、最初に肝臓を通るときにナイアシンに変わります。ナイアシンはビタミンB3の仲間で必須栄養素の1つです。そしてそのナイアシンが全身の細胞に行き渡ると、ミトコンドリアの中でNAD(ニコチナミド・アデニン・ジヌクレオチド)に変わります。そしてこのNADという補酵素が、グルコースをエネルギーに変える役目を果たすのです。もっと短く言うと、「トリゴネリンから出来るNADは、グルコースをエネルギーに変える生命の担い手」と言える栄養素なのです。

 では最後に、トリゴネリンを実用的な量で含んでいる食べ物をまとめておきます。トリゴネリンは水溶性ですから、野菜を煮たら煮汁も飲むようにすることが大事です。また、家庭菜園に興味のある方は、プランターに種を蒔いて育ててみてはいかだでしょうか?詳しくは「えどがわメティ普及会」にネットで聞いてみるのが良いと思います。
 ●嗜好品:    コーヒー生豆 600ミリグラム/100グラム
 ●ハーブ/野菜:  フェヌグリーク 100ミリグラム/100グラム
 ●野菜:     桜島大根 30ミリグラム/100グラム
 その他(セロリ、冬瓜、タマネギ、大根、大豆)など微量

文献1.Sarker DK, Ray P, et al. Antidiabetic potential of fenugreek (Trigonella foenum-graecum): A magic herb for diabetes mellitus. Food Sci Nutr 12:710836, 2024.
文献2.Foroumandi E, Javan R, et al. The effects of fenugreek seed extract supplementation in patients with Alzheimer’s disease: A randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Phytother Res 37:285-94, 2023.
文献3.Liang Y, Dai X, et al. The neuroprotective and antidiabetic effects of trigonelline: A review of signaling pathways and molecular mechanisms. Biochimie 206:93-104, 2023.

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