第97話 タウリンについてのお話

広く知られている栄養素の中に、タウリンという小さな分子があります。「タウリンは年を取ると減る」、だから「タウリンを補給して元気になろう」といったメッセージが広まっています。その一方で、「タウリンで元気になるはずがない、効くとしたらカフェインのお蔭なのだ」との声も多々ありました。ようやく今年の6月になって、なるほどと納得できる論文がサイエンス誌に掲載されました(文献1)。この論文の最も重要な結論は次の通りです。

 血液中のタウリン濃度の個人差は、生涯にわたる加齢変化よりも大きい。だから、タウリンの血中濃度は老化のバイオマーカーにならないと言える。その上で、血液中のタウリン濃度と健康との関連は、年齢や人種や生活環境によって大きく異なる。つまり、今回の大規模研究の結果によれば、血液中のタウリン濃度の減少が老化を促進するというこれまでの考え方を修正する必要がある。以上をまとめると、血液中のタウリン濃度が低くても、老化が進んでいるとは言えないとの結論になりました。

 この論文にはサイエンス誌編集部の論評が載っているので、それを引用してみましょう。これまでの研究では、タウリンの血中濃度は加齢とともに低下するので、サプリメントの摂取は寿命と健康寿命の両方を改善するとなっています。しかし大規模なヒト集団を調査した今回の論文では、タウリンの血中濃度には大きな個人差があるものの、同じ個体では成人期に高い数値を示しています。そして、年をとって減ったとしても、その差は成人期の個体差の範囲内なのです。重要なことは、タウリン濃度と健康状態の間には明確な因果関係が認められないことです。従って、タウリンサプリメントに効果があるとすれば、それは個人の様々な状況に依存した複雑な効き目であって、誰にでも効果があるとは言えないのです。

 ところで筆者は、この論文には書かれていないあることが気になって仕方ありません。あることとは「タウリンのオスモライト効果」のことです。ヒトの腎臓は過剰になった成分や代謝老廃物を濃縮して排泄する重要な臓器です。腎臓は毎日のように高濃度の塩化ナトリウム(食塩)や尿素(タンパク質の代謝老廃物)に曝されています。腎臓のろ過膜の内側と外側には大きな浸透圧の差があります。いわば腎臓の一部が塩漬けのような状態になっているのです。そういう環境で細胞と組織を護るには強力なオスモライト(浸透圧調節物質)が必要で、タウリンはその1つです。ヒト体内のオスモライトには、その他にもベタイン、ソルビトール、イノシトール、グリセロホスホコリンなどがあり、これらが総じて細胞の水分バランスを維持し、タンパク質の構造や機能を安定させるように働いています。オスモライトはタウリンだけではないので、タウリンが少ない人でも他のオスモライトがあれば大丈夫なのです。体内のオスモライトの量は食べ物によって大きく変わることもわかっています。

 このようにオスモライトは腎臓の機能を支え、体内の水分や電解質のバランスを維持するために不可欠な存在で、過激な運動をするアスリートではその効果が顕著に表れます。タウリンの血中濃度には食べ物の影響が大きく関わっているのです。タウリンはヒト体内でも作られているのですが、その量は限られているので、血中濃度を上げるには食事(あるいはサプリ)で補う必要があるのです。
 では、タウリンを補給するにはどんな食べ物を摂れば良いのでしょうか?それは実に簡単なことですし、しかも地中海食でも日本食でも、「大好きなのでもっと食べたいくらい」と答える人が多いのです。タウリンを多く含む10の食品を挙げてみると、貝類(かき、あさり、しじみ、ほたて、はまぐりなど)、たこ、いか、かに、魚類(あじ、さばなど)で、日本食では馴染みのあるものばかりです。

 最後にごく最近の論文から、新しく発見されたタウリンの効き目について簡単に紹介しておきます。タウリンが関節リウマチの治療に役立つ可能性が見つかったという前臨床データです(文献2)。関節リウマチの治療薬は非常に限られていますから、もしタウリンに何らかの効果があるとすれば、この難病とお付き合いする人にとっては、非常に力強い朗報になると思います。薬食同源で安全な食べ物ですから、タウリンを多く含む食べ物(それらは同時にべタインも多く含んでいる)をたまには摂るようにお勧めします。

文献1.Fernandez ME, Bernier M, et al. Is taurine an aging biomarker? Science 388: eadl2116, 2025.
文献2.Zheng Q, Lin R, et al. Taurine is a potential therapy for rheumatoid arthritis via targeting FOXO3 through cellular senescence and autophagy. PLoS One 20: e0318311, 2025.

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