第75話 料理は色々混ぜると美味しくなる

 風邪を引いて病院へ行くと、「熱さまし+咳止め+痛み止め」の処方箋が出ることがあります。薬は1つですめば良いのですが、大抵は2つか3つ書いてあります。書かれた処方薬を同時に飲むことで、熱が下がり、痛みが和らぎ、炎症が治まって咳が止まります。このとき体のなかで起こる変化のことを、薬理学で「相乗作用」と呼んでいます。そして3つ合わせるとしつこい風邪が治まる「相乗効果」になるのです。

 さて、筆者は薬科大学で薬理学を研究していましたが、今は毎日コーヒーを淹れたり、料理を作ったりしています。パンデミックが始まってからは、漢方薬の真似をして、「食材の品数を増やすとどんな料理になるか」ということに興味をもっています。

 中国の食の思想に、五行説の流れがあります。健康を維持するには五味五色を食べるのがよいということです。五味は、甘味、酸味、苦味、塩味、旨味のことであり、五色とは、青(緑)、赤、黄、白、黒(紫)を指しています。五味は食欲を満たし、五色は目を楽しませてくれます。そして五味五色の食事を摂っていると健康でいられるというのです。

 もう1つ大事な食の感覚は「香り」です。誰もが知っているように、料理の味と香りは切っても切れない関係にあります。しかし、香りの違いを正確に表現する方法がないので、香りの研究は医学の遅れた分野になっています。そこで料理の複雑な香りではなく、料理に含まれている化学成分1つの香りと味の関係について考えてみましょう。すると、良い香りには必ず味があって、しかも大抵は悪くない味があるのです。逆に、味の良い化学成分は良い香りを放つかというと、必ずしもそうではありません。味があっても揮発しない化学成分に香りはまったく感じられないからです。

 食塩を想像してみましょう。化学工場で製造された塩化ナトリウムは、余分な成分を含まないので、混ざり気のない純粋な塩味を感じます。これに対して、天然の岩塩や海水から作った粗塩には、かすかな良い香りがして、味はまろやかになっています。そしてこの粗塩を調理に使うと、塩化ナトリウムよりずっと美味しくなるのです。

 以上のことを薬理学の言葉で表現してみましょう。香りを鼻から吸い込むと、鼻粘膜の匂い受容体に吸着して、その刺激を嗅覚神経が脳へ運びます。哺乳類の匂い受容体の種類は100とも1000とも言われていて、犬はそれらすべてを嗅ぎ分けます。人の場合は受容体の数がせいぜい500くらいですが、それでも複雑であることに違いはありません。

 味はどうかと言いますと、舌の表面に五味の受容体が並んでいます。甘いものは甘味受容体に、苦いものは苦味受容体というように、五味それぞれに区別されて、その刺激を別々の味覚神経が脳に伝えているのです。

 味と香りの両方を持っている料理の場合、味と香りの別々の神経刺激が同時に脳に伝わります。脳はそれらの刺激を統合的に整理して、更に経験した記憶とすり合わせて、良い風味だとか、美味しいとか判断しているのです。料理に含まれている1つ1つの化学成分がもつ味と香りは、それぞれ別々の神経を介して脳に伝わり、味だけまたは香りだけを感じたときよりも、ずっと豊かで満足できる感覚を生み出しています。味覚と嗅覚という異なる神経を同時に刺激することで、   1+1>2のような強い感覚を作り出すのです。薬理学では、このような作用のことを「相乗作用」と呼び、その効果のことを「相乗効果」と呼んでいます。これに対して、2つの成分が同じ1つの神経を刺激して生まれる感覚の強さは、例えば砂糖と果糖を混ぜた甘味は、1+1=2の関係で示すことができます。これは「相加効果」と呼ばれています。

 筆者は「自然免疫力を高める料理のレシピ」を色々考えています。さくら薬局の小冊子「POCO」にも、新型コロナ感染を防ぐようなレシピを紹介してきました。必須栄養素の「亜鉛+ビタミンD+ナイアシン」の組み合わせは、新型コロナ感染症の最前線の医師らが書いた論文で、「感染し易い人に欠乏している栄養素」となっています。中でもビタミンDは欠かせない栄養素です。そして3つのどれもが異なるメカニズムで、少しずつ自然免疫力を高める作用をもっています。1つずつの効き目は感染予防にも治療にも十分とは言えませんが、3つを同時に摂ることで、免疫細胞の数や機能に明らかな変化が見えてくるのです。つまり3つの必須栄養素の「相乗作用」が自然免疫の強さに「相乗効果」をもたらすということです。

 最後に、漢方薬は平均7つの生薬を混ぜ合わせて効き目を高めています。料理に応用するには、五味五色という単純な法則を使うことで、食事を美味しく楽しいものにして、かつ風邪など引きにくい丈夫な体を作ることになるでしょう。

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