第78話 食べ物で変わる脳の大きさ!

 誰もが罹りたくない病気とは、何と言ってもアルツハイマー病でしょう。特効薬が見つかれば良いのですが、世界の製薬会社が失敗を繰り返しています。期待していた日本発の新薬候補も、残念ながら承認されませんでした。そんななか、これまでとは違うタイプのアルツハイマー病治療の基礎科学が注目されています。今日はその中から「食べ物で変わる脳の大きさ」のお話をしてみましょう。もしかしたら今世紀最大の「薬食同源」になるかも知れませんから。

 アルツハイマー病になると、脳の表面の皺(しわ)が大きく凹んで、やがて脳全体がしぼんでしまいます。最も大きな変化は、認知力を維持する海馬と呼ばれる部分です。日常の食べ物で比較的早く変化が見られるのは、脳表面の灰白質とその内側にある白質です。灰白質には、核が入った神経細胞体が集まっていて、白質には細胞体から突き出した細長い軸索が束になって詰まっています。

 実は、脳の研究というのは、神経の働きを調べる分野が進んでいますが、形や大きさの研究はまだ始まったばかりです。脳の大きさが食べ物で変わると分かったのはつい最近のことなのです。また始めはアルツハイマー病との関係で、「以前から健康に良いと言われていた地中海食が、年をとってからの脳の大きさに影響しているのでは」という仮説に基づいた実験でした。MRIを使って集めたデータによれば、予想通りに変化が見られたのです。魚を多く食べている人の灰白質が大きいという結果でした。しかも魚なら何でもよくて、身体に良いと言われるオメガ3脂肪酸を含まない魚でも、脳は大きく保たれているのです。

 ごく最近になって、朝食につきもののコーヒーとシリアルの実験データが発表されました。コーヒーとシリアルを比べてみるという内容です。灰白質の大きさを調べた結果、コーヒーを飲んでいる人は小さく、シリアルを食べている人は逆に大きくなるというのです。では朝食はシリアルとコーヒーに決めている人ではどうかと言いますと、残念なことにその実験がありません。朝食にパンを食べるかお米を食べるかによっても脳の大きさは変わります。この実験によれば、パンは灰白質を大きくしますが、小さいままのお米の方が認知機能テストで高得点だったそうです。シリアルもパンも多くは小麦が原料ですから、小麦とお米で、脳への影響が逆に出るということなのです。

 しかし、脳はただ大きくなればよいというものではありません。これらの研究のインパクトが大きい理由は「日常の食べ物で変わる脳の大きさとは一体何を意味するのか?」という新たな疑問が生じるからです。科学者だけでなく一般の人々も答えを知りたい疑問です。その答えはまだありませんが、何かヒントは無いものかと、灰白質以外の部分の大きさとコーヒーの関係が調べられました。研究者がコーヒーで実験する理由は、単一の飲み物でデータに誤差(交絡因子)が少ないからです。

 毎日コーヒーを飲んでいる健康な高齢女性では、白質の容積が有意に大きい。つまりコーヒーは灰白質を小さくしますが、逆に白質を大きくするのです。ただしこの変化は高齢(平均74才)の健康な女性だけで観察されました。つまり高齢女性にとって毎日のコーヒーは灰白質を小さくして白質を大きくする、つまり細胞核の部分が縮んで、軸索の部分が膨らむと言えるのです。

 次に、コーヒーを1日に2-3杯飲んでいる若い女性では、海馬の容積が有意に小さいとのことです。しかし、それより多く飲んでいる人では逆に海馬が大きくなるのです。疫学研究で、2-3杯のコーヒーは生活習慣病を予防する最適な杯数とされているのに、海馬の大きさは小さくなってしまうのです。これは一体何を意味するのでしょうか?別の疫学研究によれば、若いうちからコーヒーを飲んでいる人の認知力を飲まない人と比べると、年をとってからも高く維持されるとの論文が多いので、海馬が小さいことは認知力が低くなる原因ではなさそうです。

 最後に、コーヒーを飲んでいる人では、加齢による認知障害が緩やかで、アルツハイマー病の原因と言われているAβタンパク質が少ないとの実験です。ある集団の健康調査参加者の中から、認知機能が正常な人を募集して、定期的にコーヒー1日量を記録しながら認知力テストを10年間実施しました。そしてPET画像診断で測定したAβ量と比較したのです。するとコーヒーの量が多い人ほど、Aβの蓄積と認知機能の低下が緩やかであることが解りました。

 以上をまとめますと、魚、小麦、お米、コーヒー・・・どれも日常的な食べ物飲み物ですが、それが脳の大きさに影響する!こんなこと考えたことありますか?食事で変わる脳の大きさが良いことか悪いことか、近い将来に答えが出てくると思います。たった1つでアルツハイマー病を予防する食べ物はないとのことですが、できればそれに近いものが出てくることを期待して答えを待つことにしましょう。古今東西、薬食同源は私たちに想定外の効能を教えてくれましたからね。

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