第79話 天才の脳について

 前回「食べ物で変わる脳の大きさ」について紹介しました。でもこういう現象はみんなの脳で起こることなので、頭の良し悪しとは関係ありません。いくら頭が良いと言われた人でも、年をとれば呆けることもあるし、学業成績がよろしくなかった人でも老いて明晰な人は大勢います。

 見方を変えて、左右の脳を比べてみましょう。するとほとんどの人は、どちらか一方だけを使っていることがわかります。普通の人の90%は右利きですが、中には左利きの人もいます。字を書くとき、食事をするときに簡単に見分けられます。スポーツ選手にも左利きが居て、野球チームには左利き投手が欠かせません。利き手が決まる理由の多くは遺伝的ですが、どうして右利きが多いのかは謎のままです。

 テニス、ゴルフ、野球など、本来は右利きの選手でも、本人の意志と練習次第で「反対側」を克服できる可能性があります。子供のうちは大人より早く「克服」できるので、遅くとも小学校を卒業するまでに、左と右の使い分けができるようになると、将来その道で「天才」と呼ばれる可能性が高まるそうです。

 人の性格や思考スタイルにも右と左の差があります。右脳の人は直感的で創造的で自由な発想の持ち主です。例えば「今朝の空模様は灰色で威嚇しているようだから・・・きっと雨が降るのだろう」、 逆に左脳の人は分析的に解析して「雨の可能性は30%と予測されているが、積乱雲が見えるので雷も鳴るはずです」というように理屈で考えるのです。

 誰もが知っていることですが、左利きの手の動きは右脳に支配され、右利きは左脳に支配されています。運動神経の場合は、脳の左側と右側は明確に別々の働きを持っているのです。しかし、精神活動や思考回路の場合は、左右の脳の働きに明確な差別はありません。回路の構成が左右に跨っていることが多いのです。そして、左右の脳を両方とも使って判断し、考え、記憶する人がより天才に近いと考えられているのです。

 生まれつきの天才は生まれつき脳全体を使うことができますが、努力型の天才は両脳を使う訓練に成功した人です。そしてその訓練とは、一説によれば「空想すること」で、精神医学的な方法としては「マインドフルネス」の訓練によって鍛えられるそうです。もっと簡単に言うならば、「天才とは空想する人のこと」とも言えるのです。では、歴史的天才が空想の結果として生み出した成果を見てみましょう。

 先ずは、アインシュタインの関係式(Einstein’s Relation)とコーヒーの関係です。ご存知のように、コーヒーの抽出液は透き通って見えても懸濁液なので、そのため無数の微粒子が浮いています。天才アインシュタインは「微粒子のブラウン運動は拡散係数D=μkTに従う」ことを発見しました。この関係式がコーヒー抽出液にも成り立っていることがごく最近の台湾での研究で証明されました。難しい内容なので結論だけ書けば、「コーヒーのような液体と、アインシュタインにしか分からない素粒子の動きはよく似ている」ということなのです。

 コーヒー好きの方はやってみて下さい。まずコーヒーカップにコーヒーを注ぎます。次に顆粒の砂糖をスプーンで入れたら、すぐにゆっくり時計回りにかき回します。するとコーヒーに混ざって砂糖の粒も回りますが、やがて粒は消えて全体が甘くなります。砂糖の粒はスプーンと同じ方向に回転しますが、溶けた砂糖はコーヒー全体に拡散して広がりました。この流れと拡散の現象が、アインシュタインの時空の歪みの中で運動する素粒子の動きに似ているというのです。

 天才の空想はコーヒーを眺めながら更に広がります。アインシュタインに劣らない大天才でイギリス人のホーキングは、難病ALSを患いながら宇宙天文学の世界を思い描いていました。そんなある日のこと、車椅子のトレイに載せたコーヒーカップから、湯気が立ち登るのを眺めながら、突然閃いたのが、ノーベル賞は間違いないと言われたブラックホール放射(=ホーキング放射とも呼ぶ)だったのです。偉大な学者はノーベル賞を待たずに2018年に亡くなりました。残念なことです。

 さてここまでは物理学の話でしたが、最後にアインシュタインの有名な方程式、E=mc²(物体の質量mに高速cの2乗を掛けるとエネルギーになる)が、生物学にも通じるという話です。考えたのはハーバード大学でポスドク研究員を過ごしているバラト博士で、Eは1日に必要なエネルギー(カロリー)、mはミトコンドリアの数、cは細胞の数として計算するのです。すると、答えのカロリー数が実際に必要な数字とかなり近い値になるというのです。

 では最後に、どういった生活習慣を取り入れれば、私たちの脳は天才に近づくのでしょうか?一番大切なことは空想することなのですが、問題は何をどう空想するかです。それには目をつぶって床に座って、先ずは右脳を意識して、好きな食べ物、行きたいところ、見たい景色、聞きたい音楽、懐かしい人・・・そういうものを頭の中に浮かべます。そして次に左脳を意識して、100から簡単な1桁の数を引いて答えを出し、それからまた同じ数を引いて答えを出す・・・繰り返して0まで行ったらまた100から。そして右と左を3回程度は繰り返す。

 如何ですか?実はこれはマインドフルネスの訓練法の1つです。無理なく毎日続けられる程度に、少しずつ慣れて行けば、今までとはちょっと違う自分に気づく日が来るはずです。

薬食同源一覧