第80話 世界で一番多く飲まれている薬食同源

 それはカフェインです。カフェインはお茶やコーヒーに含まれているので、医食同源の代表のような存在です。その上、町中で自由に買える大人用の風邪薬や痛み止めにはカフェインが入っています。更にはドリンクタイプの栄養剤や水分補給のスポーツ飲料にも入っている商品があります。日本でもアメリカでも大学新入生の過剰摂取にも影響していると言われています。

 今世紀はじめのアテネオリンピックまで、カフェインはドーピング検査の対象でした。カフェインにも麻薬のような習慣性があると考えられていたからです。しかしカフェインの習慣性はそれほど強いものではないとのデータが出揃って、4年後の北京オリンピックからは規制がはずされました。

 カフェインの過剰摂取で生命に危険が及ぶことがあります。そのため厚労省は、医薬品としてのカフェインを劇薬に指定して、医師が処方するときの標準投与量を定めています。妊産婦のカフェイン摂取にも、各国が基準を定めています。日本人女性が妊娠中に安全に摂取できるカフェインの量は、コーヒーに換算して2杯程度とされています。つまりそれは200㎎/日のカフェインということです。

 コーヒー1杯には約100㎎のカフェインが含まれています。一方で、睡眠障害の治療などで医師が処方するとき、カフェインの標準投与量は1回100㎎で1日3回までとなっています。もし医師が必要と認めるならば、1日最大900㎎が限度とも決められています。つまり、コーヒーならば1日3杯が安全な杯数ということなのです。

 カフェインは多くの人に飲まれる天然化合物で、医薬品でもあるのですが、実はその効き目がどのようにして発現するのか、詳しいことは解っていませんでした。目が冴えて寝られなくなるのは「アデノシンという睡眠物質の働きを抑えるから」ということぐらいしか分かっていなかったのです。カフェインにはその他にも多くの作用が知られていますが、その作用がどのように現れるのかはほとんど謎のままなのです。

 中でも特に興味を持たれているカフェインの作用は、脳の判断力や記憶力を高めたり、刺激に対する反射速度を速めたりする作用です。これらの作用のメカニズムは、不思議と思えるほどほとんど分かっていないのです。それが今年になって、これまでの実験方法とは全く異なる斬新な方法で調べられました。実験の結果は専門家も驚くほど明らかで、カフェインの作用が「点ではなく面で、あるいは立体的な三次元で理解すべき」ような多様性に溢れているのです。

 カフェインは脳の中の○○に作用して、△△の作用を発現する・・・というような、医学・薬学の教科書に書いてある薬理作用ではないのです。敢えて言うなら、そういう作用が幾つも幾つも同時に起こって、脳のあちこちに変化が起こっているのです。ですから一般の人が理解できるように易しく説明することはとても難しいことです。

 そんなカフェインの新しい薬理学にネイチャー誌が興味を示しました。6月号のハイライト欄に「朝のコーヒー1杯が1日の脳を元気にする」と書いたのです。しかし、これは明らかに間違っています。元の論文には「カフェインはコーヒーに入っている」と書いてありますが、実験に使ったのはコーヒーではなくカフェインなのです。ハイライトを書いた記者は「カフェインで起こる変化がコーヒーでも起こる」と早とちりしたのでしょう。でもコーヒーとカフェインは別物です。そして、少なくともコーヒーの中には、カフェインの他にも薬になった成分が片手の指の数ほどあって、それらを同時に飲んだときの薬食同源の効き目は、カフェインだけでは遠く及ばないものなのです。

 その証拠に、コーヒーには糖尿病を始めとする生活習慣病を予防する効き目が知られています。世界各国の調査が、人種や文化の違いによらず、食習慣の違いにもよらずに、同じ結論に至ったのです。カフェイン単独ではとても実現できない効き目です。

 カフェインは、世界で一番多く飲まれている薬食同源の天然化合物です。でもそれは何故かというと、世界の人々にとってカフェインを含んでいる緑茶やコーヒーの魅力がとてつもなく大きいからなのです。誰もが一度味わったら、毎日の日課として生活の中に取り入れたくなる飲み物なのです。しかし、忘れてならないことは、薬食同源をたった1つの飲み物で達成することは出来ません。カフェインは、お茶やコーヒーに入ることによって、食事とともに人々の暮らしの中で素晴らしい健康効果を発揮しているのです。 

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