第87話 ダイエットはデカフェコーヒーで

 コーヒーの人気が高まっていますが、日本の生豆輸入量は増えていません。増えているのはデカフェコーヒー豆の輸入量です。しかし、その割合はまだ1割弱といった程度です。それでも令和になってから昨年まで、毎年着実に増えています。街のコーヒー店に聞いてみても、「デカフェコーヒーの注文が増えている気がする」との答えが返ってくるのです。

 日本のデカフェ人気を海外と比べてみましょう。アジアのデータは無いのですがヨーロッパと米国では、以前からデカフェの消費量が全体の3割~4割以上あるそうです。実は日本ほど医療保険が普及していない国々では「健康意識が日本よりずっと高い」ことが理由の1つだと思います。もっと詳しい数字として、最近着のスペインの論文によると、カフェイン入りを飲む人が38%、デカフェを飲む人は32%、そしてコーヒーを飲まない人が30%と報告されました。

 では何故コーヒーを飲まない人が30%もいるのでしょうか?それにはただ単に好きだとか嫌いだとか言うのではなくて、もっと基本的な遺伝子の違いがあるからです。その違いによって、生まれつき好みが違っているのです。やや詳しく説明しましょう。

 カフェインを飲むと直ぐに肝臓が反応して、余分なカフェインを代謝分解し始めます。同時に腎臓はカフェインとその代謝物をろ過して尿に排泄し始めます。そのうち好き嫌いと関係しているのは、肝臓にあるカフェイン代謝酵素(CYP1A2という薬物代謝酵素の1つ)です。その酵素の遺伝子に刻まれている暗号分子の1ヶ所だけがヒトによって違っているのです。人によって異なる遺伝子の暗号と、それを持っている人の割合は次のようになっています。
 ① カフェインを速やかに代謝分解する遺伝子は、AA型で全体の40%
 ② そこそこの速さでゆっくり代謝分解する遺伝子は、AC型で45%
 ③ 代謝速度が非常に遅い遺伝子は、CC型で全体の14%
 この数字を言い換えますと、コーヒーが大好きで毎日飲まずにはいられない人が40%、コーヒーを飲むと気分が悪くなってちょっと飲み過ぎると心臓がどきどきして冷や汗が出てくる人が14%、その中間の人が45%ということです。ですからCC型の人に無理やりコーヒーを勧めると取り返しがつかなくなることがあるのです。

 では、その遺伝子の型を知る簡単な方法があるでしょうか?正確には遺伝子検査でしょうが、医療保険が使えず費用が高いので現実的でありません。ではどうするかと言いますと、コーヒーを飲んだときに感じた経験が良い判断材料になるはずです。
 ① 「コーヒーが好きで毎日飲まずに居られない」は、AA型
 ② 「苦いコーヒーは苦手だが、牛乳を入れれば飲める」は、AC型
 ③ 「自分にはコーヒーは合わないと思っている」は、CC型
 3つのうち②はかなり曖昧で、もしかしたら①かも知れないし、③かも知れません。それを確かめるには、試しにデカフェコーヒーを飲んでみれば分かります。もしそれで遺伝子の壁を越えて(デカフェ)コーヒーが好きになれば、AC型かCC型ということになります。そして毎日1杯でもデカフェコーヒーを飲むならば、コーヒーの健康効果の多くの部分を、カフェイン入りと同じように享受することができるはずです。

 では、デカフェコーヒーがカフェイン入りと同じようにダイエット効果を発揮するということを臨床試験で調べた論文を紹介しましょう。思い当たる方は是非デカフェコーヒーをお試しください。

 今年の9月、ハーバード大学の研究グループが米国臨床栄養学会誌に発表した論文です(文献1)。その内容は、「デカフェコーヒーはカフェイン入りに勝るとも劣らない体重減少効果を示す」というものです。更に「コーヒーに砂糖、クリーム、ホワイトナーなどを加えて飲むと、逆に体重を増やす」ことを報告しています。これはつまり、コーヒーのダイエット効果とは、「健康な食事とともにある」ということなのです。

 話は飛びますが、今年3月、製薬会社ノボ・ノルディスクは、自社の糖尿病治療薬セマグルチド(商品名はオゼンピック)が肥満症治療薬としても承認されたと発表しました。セマグルチドを飲むとインスリン分泌が刺激されて血糖値が下がります。そのメカニズムは、健康な人が食事を摂ると小腸壁から血中に分泌されるインスリン分泌刺激ホルモンGLP-1と同じです。つまりセマグルチドが、患者に不足しているGLP-1に替わって、膵臓のGLP-1受容体を刺激するので、インスリン分泌が始まるのです。

 糖尿病薬のセマグルチドを、ノボ社はどうして肥満症治療薬として再開発したのでしょうか?その根拠は、投与量を2倍に増やすとGLP-1のもう1つの作用である「食欲を抑制する効果」に注目したからです。健康な人が必要な量の食事を食べると、身体が自然に「もう止めなさい」と警告してきます。糖尿病患者の場合には、自らの脳が発するこの警告が弱くて、食べ続けてしまうのです。ノボ社は「セマグルチドの注射薬は週1回の投与で空腹感を軽減して満腹感を高めることで体重減少を促す」としています。

 セマグルチドの米国での人気は凄まじいもので、高値を避けて安く手に入る隣国に行ってまで購入する肥満者が大勢いるそうです。どうしてそんなに多いのかと言いますと、肥満者の数が人口の半分以上も居るからです。太り過ぎの日本人は米国に比べるとずっと少なく、50~100人に1人程度です。なのに調剤薬局ではセマグルチド注の処方箋が増えています。原因を考えててみますと、ちょっとだけ太っている程度の人が「太りたくない」との願いで処方を希望するからではないでしょうか。もしそうなら、セマグルチドの副作用に気配りが大切です。何故ならこの薬はインスリンの分泌を高めるので、不必要な人が使用すると低血糖症状のリスクが高まってしまいます。

 最後に、インスリンは生きるために絶対必要なホルモンですが、薬としての過剰投与には大きな健康リスクがあることを、是非知っておいてください。肥満症でない方は薬食同源の原理に基づいて、カフェインが飲めなければデカフェコーヒーを飲んで、健康な身体作りを目指しましょう。

(文献1) Henn M, et al., Changes in Coffee Intake, Added Sugar and Long-Term Weight Gain – Results from Three Large Prospective US Cohort Studies. Am J Clin Nutr. Sep 30: S0002-9165(23)66170-2.

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