第89話 チャットAIに「桜島大根」を聞いてみました

 以前も書いたことですが、現在の医薬品のうち70%は天然の化合物か、または多少形を変えたものです。ですから「薬食同源」という言葉は、現在の医薬品の起源が食べ物にあることを、巧みな四文字熟語で表現した昭和の名言なのです。

 「薬食同源」に倣って、身体に良い食べ物とその化学成分(薬のようなもの)を並べて、これはという成分を思いついたら、チャットAIに聞いてみましょう・・・そうすれば、その成分の効き目と食べ物の関係が「薬食同源」に当てはまるかどうか分かるかもしれません。でもそう簡単なことではないようです。

 最近の新聞記事から1つの例を引いて聞いてみました。去る1月24日の朝日新聞「ひと」の欄に、鹿児島大学教授の鍛冶屋勝子先生の話が載っていました。先生は、鹿児島特産の野菜や果物から、何か血管系の病気に良い成分は無いかと、研究を重ねているのだそうです。そして見つけたのが、桜島大根のトリゴネリン・・・筆者は大根にトリゴネリンなどとは聞いたことがありません。

 鍛冶屋先生が桜島大根に含まれているトリゴネリンの量を測ってみたところ、その量は普通の大根の100倍もあるし、これまで一番多いとされてきたコーヒーの生豆とどっこいどっこいの量でした。しかもコーヒーのトリゴネリンは焙煎すると減ってしまうので、普通に飲む美味しいコーヒーにはそれほど入っていないのです。と言うことは、トリゴネリンを最も多く含む食べ物として、桜島大根が一番ということになるのです。

 そこでAIに質問してみました。「トリゴネリンの含有量が多い食べ物を教えてください」・・・するとあっという間に次の答えが返ってきました。

 まずチャットGPTの答えは、「トリゴネリンは主にセリ科の植物に含まれるアルカロイドの一種です。代表的な食材としてはセロリやパセリなどが挙げられます。これらの食品にはトリゴネリンが含まれているため、セリ科の野菜を摂取することで体内に取り入れることができます」。

 そんな馬鹿なと思って、次にチャットBingに聞いてみると、「トリゴネリンは、珈琲の生豆に最も多く含まれる成分です。この成分は血管の機能改善に関連しており、健康に良い作用があるとされています。次にオシロイバナにも多く含まれています」。

 チャットGPTとBingの答えはまったく別物でした。チャットGPTの答えは的外れで、事実と異なっているので、この分野の学習レベルはかなり低いようです。一方、チャットBingの方は筆者の記憶とほぼ等しいのですが、オシロイバナは食べ物ではないので、やはり半分間違えの50点といったところです。

 ということで、健康に良いと思われていても、なじみの薄い成分について、その起源や効き目をチャットAIに聞いても、その答えは鵜呑みにできないと分かりました。

 大根は白菜と並んで冬野菜の王様です。ただ桜島大根は持ち運ぶには大き過ぎるので、鹿児島県外では余り馴染みがないと思います。そんな珍しい特産品に、炎症を抑えるトリゴネリンが含まれているという発見は、ひょっとすると地域に経済効果をもたらすかもしれません。これまでトリゴネリンを最も多く含むのはコーヒー生豆でした。しかしコーヒーのトリゴネリンは焙煎すると減ってしまいます。桜島大根の場合、100℃で煮込んでも、トリゴネリンは煮汁に溶け出すだけで分解することはありません。ですから食品として最も効率よくトリゴネリンを摂れる食べ物は桜島大根ということになるのだそうです。

 鍛冶屋先生のヒト試験のやり方を簡単に紹介しましょう(文献1)。14人の健康な被験者(男女半々)に、1日170グラムの桜島大根を、それぞれ好みの調理法で10日間、毎日食べて貰いました。1日分のトリゴネリンの量は約60ミリグラムでした。そして10日後の血圧に大きな変化はなかったものの、血管の柔軟性を示す検査値(FMD)に明らかな改善が認められたのです。

 FMDとは血流依存性血管拡張反応のことで、腕を強く圧迫してから解放すると、動脈が拡張するその割合のことです。鍛冶屋先生の10日間の実験では6.7%から9.4%に大幅に増加したのです。もし将来トリゴネリンが血管柔軟性を改善する薬かサプリメントとして承認されれば、桜島大根とトリゴネリンは「薬食同源」の食べ物と薬の関係ということになりそうです。

 最後に、薬食同源を正しく評価するためには、現在のAIはまだまだ力不足であることが分かりました。一研究者の粘り強い研究がなければ、薬食同源の知識の更なる展開は難しいようです。

文献1:M Sasaki, et al. Characteristic Analysis of Trigonelline Contained in Raphanus sativus Cv. Sakurajima Daikon and Results from the First Trial Examining Its Vasodilator Properties in Humans. Nutrients 23;1872-83, 2020.

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